老人と海 -アーネスト・ヘミングウェイ著 読後感想

ヘミングウェイの本を読むのは、尊敬するぐるぐるさんのブログタイトルにもなっている、パリに普段生活するいわゆる社交界に顔を出す人々が、サン・フェルミン祭の時期に合わせ、仏西バスクを旅行する前後を含めた一連を描いた「日はまた昇る」、スペイン内戦の最前線を生きるパルチザンの一派を描いた「誰がために鐘は鳴る」に続き3作目。

彼のノーベル文学賞受賞の誉まれを呼び込んだ一作とあって、気が向いて手に取った。地元の図書館にはかなり前に発刊したものと思しき変色の進んだ一冊が書庫にあり、館員の方が持ってきてくれた時その薄さに驚いた。確かあとがきを含めても140pぐらいだったと思う。誰がために鐘は鳴るは400~500pの上・下巻構成だったので薄っというのが第一印象だった。

 

(冒頭部分(マノーリンとサンチャゴ))

少し読み進めるとすぐに今度のハードボイルド主人公はおじいちゃんか!ってことがわかったw周囲のそしりがあっても自分を貫く男。心がブレている描写もない、そこは普通にかっこいい。前半は不漁続きの老人<サンチャゴ>と彼を慕う少年<マノーリン>の2人が語り手、漁獲不振ながら一人でスタイルも変えず黙々と海に出るその姿は心が麻痺してしまっているのかとも思った。漁業仲間の冷ややかな態度をくらいながら虚栄を張り続けるその姿は虚しさを思わせる。ただ、心折れずに生涯続けてきたルーティンをブレずに続ける姿も80日を超える不漁とあっては悲しくなってしまう。MAJORで言えばおとさんが打者転向して必死にバット振ったけど一軍上がれず戦力外→他チームトライアウト不採択みてえなもんじゃあねえかなあ。そうだったら少年漫画としてはアウトローと言われていたかもしれん。マノーリンはサンチャゴのことを心底尊敬しているようだが、それは彼が小さいころから漁業のいろはを教えてくれたり、武勇伝含む面白い話を聞かせてくれたりという子の親に対する愛着のようなものの影響が大きいんじゃないかと思わされた。心の濁った私はマノーリンを楽しませるためのでっち上げの嘘くさいなと疑念を抱きもした。

 

(中盤(サンチャゴ一人))

マノーリン君にいつものように就寝前出港準備を手伝ってもらい、翌日夜明け前に出港、これが丸二日以上?戻らぬ長旅になる。この長い船旅で冒頭では上辺しか語られなかった彼の心象描写が、大海で一人になって明け透けに語られる。本当に明け透けって感じで周囲に気を配り、獲物に目を輝かせ、がっつりいただいて彼の心はやるぜって感じでやる気に満ち溢れていた。ここで彼がロートルおじいちゃんでなく、不屈の釣り少年のような気持ちをもち続ける、ギラギラした男だということが分かった。私はそれだけである程度満足したし、彼が心を平常に保っていることに安心した。そこに留まらず、サンチャゴがこの後出会うクソでかい相手との死闘の中で彼の武勇が回想としていくつも挙げられた。作り話ではない、実際の出来事だった。年老いた彼がそれでも披露する海の主とも見える巨大な相手との力強い攻防は、それらの過去が全く虚像ではないことを想起させるには十分。

その後彼は突如降って湧いた1,000ポンド(450㎏以上)を超える巨大なカジキマグロ?に引きずられながら彼の船、手持ちでできる最大限の駆け引きを繰り広げ、超巨大な獲物を相手に資源が限られているため優位に立ちまわれないことで魚に引きずられながらの長い長いランデブーを強いられた。逃さないために寝ずの格闘を強いられ、途中激しい抵抗に合い、船内に身体を打ち付けたり握り締める網と手の摩擦で傷めたりもした。挙句神懸かった銛の一突きで巨大な彼との闘いに終止符を打った後も、ハゲタカのように命尽きたカジキを食い尽くさんとする鮫との闘いに明け暮れることとなった。限られた装備、それらを擦り減らしつつ鮫を撃退していく情景には大変な緊迫感があり、「もうあなたは十分よくやっている、どうかこれ以上の苦難が舞い込まないように」という祈りすら湧いた。その姿は幾多の激戦を経て不敗の神話の英雄ヘラクレスのよう。

(終盤(再び漁村))

船体にもかなりのダメージを負った彼は村に還り家にありつくと、泥のように眠った。眠りにつく前、彼を心から心配していたマノーリンと再会し、これをひたすらに泣かせた。その描写は細かく書かれたものでなかったが、サンチャゴが誇りや周囲の評価を取り戻すだけの比類なき勝利を挙げたことへの感動より、ボロボロに傷ついた彼を思っての涙、それでも命を落とさず帰ってきたことへの安堵で張り詰めた思いが決壊してのものという印象を受けた。二人の絆の深さが窺える。少年はただ彼が無事で少年のそばにあり続けてくれることを何より望んでいたんじゃないだろうか。彼が眠る傍ら、漁村の人々は彼の船とともに浜に上げられた巨大な魚の頭、骨を目の当たりにすることになり、それはサンチャゴの複数日にわたる死闘の動かぬ証拠であり、彼らを大いに驚かせた。一方サンチャゴの夢の中で彼は、夢で逢うのを何よりも楽しみにしていたライオン達に久方ぶりに会っていたという。冒頭でライオン達は不良時は願っても出てきてくれなかったという。彼は帰路、鮫に頭部の一部以外を食い尽くされたこと、自身が負った傷や徒労、船体や彼の長年の相棒の漁業道具が失ったことからそこまでしてリターンを得られなかったことをいっそ清々しく表明していたし、自分を馬鹿らしく感じている描写もあった。だが、周囲の驚きが描かれた後、物語の最終盤のサンチャゴとライオン達との再会は、作品の締めくくりとして申し分ない、この話ならではの無二の幕引きであった。

 

(所感)

これまで読んだ2作とは異なる作風で、ページ数こそ少なくてもそれはほぼサンチャゴの独壇場だったからで、その大部分が死闘ときてお腹いっぱいである。中田敦彦さんの元気たっぷりの紹介動画を見たりこの文章を書くことでよりこの作品を嚙み締められたと思う。また機会があったら再読します。他の作品も読みたいなあ。ヘミングウェイ氏、今となっては伊坂幸太郎さんと並んで好きな作家さんになりました!カフェ・イルーニャ行きてえ!!